「分からないまま判断する」ことへの抵抗

今日、期日前投票の立会人を務める中で、
ひとつ印象に残った場面がありました。

それは 国民審査 のときのことです。


「人となりも実績も分からないのに…」

お一人の方が、用紙を前にしてこうおっしゃいました。

「この裁判官がどんな人なのか、実績も何も分からない。
それなのに“辞めさせたい場合は×を”と言われても、抵抗がある」

今回は、選挙準備の期間が短かったこともあり公報も届いておらず。

その気持ち、すごく分かるな…と思いました。

制度としてはルールが決まっていても、
「判断材料がない状態で意思表示を求められる」ことに
違和感を持つのは自然だと思います。


説明する側の大変さも伝わってきた

その場では、選挙管理委員の方が
できるだけ分かりやすく説明されていたのですが、
これがなかなか難しい。

国民審査って、そもそも

  • 仕組みを知らないと迷いやすい
  • 用紙の書き方が独特
  • 「×をつけない=信任」と捉えられがち

…と、つまずきポイントが多いんですよね。

説明する側も、短い時間で誤解なく伝えないといけない。
現場の“苦労”がすごく伝わってきました。


制度は「分かりやすさ」も大事

あの場面を見ていて思ったのは、
制度は正しいだけじゃなく、分かりやすいことも同じくらい大事、ということです。

そして、分かりにくい制度ほど
「自分はどうするべきか」を考える前に
“書き方”で止まってしまう。

これは選挙だけじゃなく、
日々の行政手続きでもよくある構図だと感じます。


さいごに

国民審査の場面は、
「制度を信頼する」ってどういうことだろう、
と考えるきっかけになりました。

迷ったり、違和感を持ったりすること自体が、
悪いことではないと思います。
むしろ、そういう感覚を持てることが大事。

制度を運用する側も、参加する側も、
できるだけ誤解なく、納得して関われる仕組みであってほしい。
今日、現場でそんなことを感じました。